Story
9
Kiyozuka Shinya
清塚信也
(ピアニスト)

クラシックという“型”を破り、
その魅力を伝えていきたい。

2019.12.10 update
2019.12.10 update

飛び抜けたものは、
違和感をも超えて
肌に溶け込んでくれる。

“手”を使って仕事する人たちの場合、普段、腕時計をしない人は少なくない。ピアニストの清塚信也さんも、そんなひとりであるという。

「繊細な動作にこだわるというより、僕はシンプルに生きるのが好きなので、基本的には何も持ちたくない。普段はバッグも持ち歩きませんし、財布すらなくてマネークリップのみ。その理由のひとつとしては、すぐ忘れてしまうんですね……。本当に忘れ癖があって、持ってきたものをすべて忘れてしまうこともあるくらい(笑)。格好つけるわけじゃないですが、音楽のことを考えていると、すべてがリセットされてしまうんです。普段から、音楽のために脳の領域を空けておく癖があって、事務的なことなど、たとえ大事なことであっても半分くらいで聞いてしまっている。いざ、いいメロディーが思い浮かんだら、そっちを優先させる体制にあるというか。5分、10分前に話していたことも、音楽のことを考えると“ゼロ”になって全部忘れてしまう。

僕は自分の曲を譜面にしたことはほとんどなくて、頭の中で曲をつくって、最後の仕上げまでも頭の中。もちろん、人に見せなければならないときは書きますが、自分ひとりで演奏できるソロピアノ用の曲だったら、TVドラマのテーマ曲も含めて、楽譜は一切使わずに、レコーディングまで頭の中でやる。自分が曲のなかで表現したいことって楽譜のルールのなかには収まりきらないというか、実際に書くとニュアンスが変わってしまいます。だから、頭の中だけで脳内再生されている時間がずっと続く。アウトプットできる自信がつくまで頭の中で練り上げるので、その状態を維持できる領域をいつでも確保しておかなきゃならないから忘れ物が……。まあ、言い訳ですけど。だから大事なものを身につけていると、それを失くしてしまうのが怖いんです」

しっとりとした艶を放つダンヒルのベルベットジャケットを身に纏い、左腕には、まさに清塚さんの指使いのように繊細に時を刻む「CODE 11.59 by AUDEMARS PIGUET」のクロノグラフ。鍵盤のうえで優雅に指を走らせるその姿からは、いわゆる“けれんみ”のようなものは微塵も感じられない。

「今回初めてオーデマ ピゲの時計をつけてみて、重さやフィット感に関して、なんというか、こんなにも邪魔にならないものなのかと、すごく驚きました。一流のものを身につけたり、人に会ったときもそうですが、いい意味での“拍子抜け”を必ず感じます。テレビでご一緒させていただいている松本人志さんと初めてお会いしたときも、『あっ、こんなに優しいんだ』とか、チャーミングさみたいなものをすごく感じました。そこには“品”があるというか、実際に会ったり、身につけたりすると、『あっ、こんなにフィットしてくれるんだ』みたいな。さぞかし違和感を楽しめるものだろうと思って身につけてみても、飛び抜けてすごいものって、そこも超えてくるというか。それはやっぱり、単に高価なだけじゃなく、オーデマ ピゲのように歴史や伝統といった背景があるからで、それが本物のチャーム(魅力)なのかなって、最近すごく思います。この時計には、それをとても感じました」

クラシックという
に窮屈さを
感じていた。

5歳からクラシックピアノの英才教育を受け、国内外のコンクールで数々の賞を受賞した清塚さん。若くしてピアニストとしての将来を嘱望されつつも、クラシックという“型”に窮屈さを感じずにはいられなかった。

「僕がピアノをはじめたのは、母親がやらせたかったから。引かれたレールの上を走っていたようなもので、コンクールで演奏する曲も、先生が選んだコンクールに有利な曲で、そこに僕のアイデンティティーはなかった。まるで競技のようでした。クラシックは再現する芸術でもあるので、譜面を辿るミステリーというか、ショパンやベートーヴェンがどんな演奏をしていて、どうそこに辿り着くかどうかというのがクラシックの醍醐味でもある。そう考えると、楽譜に書かれたこと以外のことをやるのはクラシックの定義からはずれることになるので、第一にやってはいけないこと。まさに“型”なんですよね。

でも僕には、それがとても窮屈だった。やっぱり音楽家のアイデンティティーというのは“自己表現”だと思っているので、そう考えると僕がクラシックを通してやることは、ショパンやベートーヴェンの代弁というか、肩代わり。彼らがやりたかったことを自分が器になって出してあげるような行為なので、うまく弾けてもショパンやベートーヴェンの株が上がるじゃないですか(笑)。心が狭いっちゃ狭いんですけど、僕は自分の表現がしたいのに他人の表現をしなくてはならないというジレンマが常につきまとっていて、どうしたらそこから解放されるかを考えはじめたのが中学3年のときでした。

コンクールで1位になると、優勝者コンサートを催してくれるのですが、お客さんに通じていないのがわかるんですよ。審査員に向けた音楽は一般の方には難しすぎて。それが僕のなかですごくジレンマで、会場中に『?』マークがつくような音楽がやりたくてピアノを弾いているじゃないという一心で、演奏する前にお客さんに口頭で説明したんです、この曲はショパンがどういう気持ちでつくった曲ですって。そしたらみんな腑に落ちたように反応がよくなった。でも、それはクラシックにとってはタブー。音だけでどれだけ表現できるかというのがクラシックなので、先生や審査員、いろんなところからものすごく批判されて、叩かれました。だけど、僕はさらさら止める気はありませんでした」

そんな状況のなか清塚さんは、本当に音楽が好きなのかどうかもわからなくなっていったという。自分を見つめ直すために、それこそ初めて自分のアイデンティティーを確かめるために、18歳で単身、モスクワ留学を決意する。日本での輝かしいキャリアに後ろ髪を引かれる思いはなかったのだろうか?

「コンクールでの優勝や首席卒業ってものに関しては、僕のなかでまったく価値がなかった。むしろ、そういう肩書がないとコンサートに人が集まらないという現状やシステムが、いかにクラシックの魅力をアピールすることの足かせになっているかという思いのほうが強かった。音楽というものは本来、街中で流れていたり、人に寄り添っていつでも側にあるもの。そのなかで初めて善し悪しがあって、それで初めてお客さんが来る、来ないが決まるというほうが健全だと思います。ブランドがないと、その人の隣に行くことすらできないマーケットのシステムに、すごく不満を感じていました。これは嫌な言い方になってしまうけど、正直、クラシックってお客さんが入らないものもたくさんある。そんな王道のコンサートをやってお客さんが入らないのと、自分で考えてたくさんのお客さんが入るのとでは、どちらが音楽として正義なのかということをもう一度考えるべきじゃないのかって、僕は胸を張って業界に提示したかったんです」

お笑い
クラシックには、
共通点がある。

クラシックな精神に、独創的なデザイン。今回の撮影中に腕元に纏ったオーデマ ピゲの革新的コレクション「CODE 11.59 by AUDEMARS PIGUET」と繊細かつダイナミックに演奏する清塚さんのスタイルが見事に呼応——。そんな彼の演奏はさることながら、”お笑い”の要素を上手く取り入れ、豊富な知識とユーモアを交えた長尺のMCにも定評がある。

「もともと“お笑い”は日本の芸術だと思っていました。ヨーロッパの文化というのは、もともと貴族たちがつくった文化が主流となり残っている。でも日本は歌舞伎にしても落語にしても、そのほとんどが庶民の文化。いかに日本人の文化的思考が庶民的なものを大事にするかということ。その時点で、我々がやろうとしていた音楽、“クラシック”とは捻れが生じているんです。だって、貴族が大事にしていた文化をそのまま庶民派の人たちにやってもウケるわけないじゃないですか。

20歳のとき、立川志の輔師匠の落語を観に行ったらご挨拶をさせていただく機会があって、そこで師匠が『古典落語とクラシックは似ているところがある』というお話をしてくださったんです。落語は、いわゆる“フリ”から“オチ”まで、お客さんがすべてわかっているうえで噺をしなくてはならない。クラシックも同じですよね。そんな決まり切ったことをお互いやらなければならないと。だから、それに挑むのであればすごく共感するし、頑張ってほしいと。しゃべるんだったら、噺家としてアドバイスしたいとおっしゃってくださったんです。そこで『人は話のなかで5分間“笑い”がないと、その話を聞かなくなる』と言われて、ハッと気づかされたんです。それから本格的に笑いを取り入れるようになりました」

現在では、バラエティ番組にも多く出演し、その姿を見ない日はないほど。もちろん、そんな活躍の背景には、クラシックを大衆的なものにしたいという強い意志がある。

「やっぱり、クラシックのすばらしさを誰よりも知っているつもりでいるし、それが世間に広まっていないのは、社会のためになっていないと判断したから。自分がやっていたことを正当化したいというよりも、クラシックの魅力を知ったほうが、みんなの人生が豊かになるという自信があるので、それを広めることが自分の使命というか、義務なんじゃないかという思いもありました。だから、単にリツイートするような心理というか、『これ、いいこと言ってんじゃん。みんなに知ってもらおう』っていうような心理ですね」

時間はテンポ
体が脈打つように、
常にそこにあるもの。

従来のクラシックの “型”を破り、その可能性を追求する姿勢は、まさにオーデマ ピゲの“To break the rules, you must first master them.”というコンセプトとも共鳴する。さて、そんな清塚さんにとって“時間”とは、どんなものなのだろうか?

「“テンポ”ですね。テンポというのは脈であり、絶対に変わらないもの。BPMって僕らは言うのですが、メトロノームと言えばわかりやすいですね。時計は60進法なのでBPM60だと僕は思っていて、常に音楽のことを考えているので、常にテンポのことを考えていると言い換えることもできる。で、“リズム”は何かと定義するならば、テンポの間に入ってくるもの。つまり、テンポが決まって、その間で音を刻むことでリズムが生まれる。逆に言うと、テンポがなければリズムは生まれない。リズムをでたらめにすると音楽に乗ることはできなくて、音楽に乗るためにはリズムを感じて、それでグルーブが生まれる。僕らはリズムに乗っているのではなく、実はテンポに乗っているんですよ。だから、音楽のことを考える以上に、この“テンポ”というものは毎日の生活に、息をするかのように、脈のように、必ずつきまとってくる」

音楽家ならではの“時間”の捉え方。清塚さんの日常には、まさしく時計の秒針のようにテンポが流れ続けている。

「この前、松本(人志)さんと食事をしたときに、それこそテレビ番組で松本さんが僕に振ってくれて、喉まで出かかったボケがあったんですけど、勇気がなくて言えなかったって話をしたら、松本さんが、『迷ったときは絶対に言わないほうがいい』と教えてくれたんです。迷ったときって、自分が思ったときから3拍は遅れていると、“おもしろテンポ”に。だから、すでにおもしろくないんだと。まさに音楽でいうところのセッションがそうなんです。相手がこう来た、じゃあこうしよう、って考えている時点でもう遅いんですよ。でも、素晴らしいセッションができるときって、あたかも最初からそうつくられていたかのようにパッケージングされて、きれいに収まるんですよね。それがすごく不思議というか……。全部“時間”の芸ですよね。人間に時間の概念がなかったら受け手に受け入れられないし、成立しない芸術だと思いますね」

最後に、ピアニストの“型”を破り続ける清塚さんに、今後やってみたいことを聞いてみた。

「運よくいろいろなことをさせてもらっているので、新たにやりたいことはあまりないのですが、やっぱりもっと深い表現としての音楽というものを広げて、理解していただきたいという思いはまだまだありますね。そのうち、笑いだけではなくて、そういう真剣な音楽というものを皆さんにもっと届けたい。クラシックって、病気や戦争、命を題材にした音楽が多い。現代は、そういったものとは無縁だって勘違いしている人も多いかもしれませんが、そうではないからこそ、人の命に限りがあるからこそ、音楽も、この時計も、美しく、価値があると思うんです。だから、音楽によって命の大切さとか、生まれたことへの感謝とか、そんな人間にとっての深い部分を感じてもらえるような表現を、これから追求していきたいと思っています」

清塚信也
(ピアニスト)
Kiyozuka
Shinya

1982年、東京都生まれ。5歳よりクラシックピアノの英才教育を受ける。中村紘子氏、加藤伸佳氏、セルゲイ・ドレンスキー氏に師事。桐朋女子高等学校音楽科(共学)を首席で卒業。国内外のコンクールで数々の賞を受賞。2019年8月16日に日本人男性クラシック・ピアニストとして史上初となる日本武道館での単独公演を行うなど、知識とユーモアを交えた話術と繊細かつダイナミックな演奏で聴衆を魅了し続ける。また、映画やドラマなど幅広い作品での音楽監修や演奏はもちろん、俳優として自ら出演も。最近では「ワイドナショー」(フジテレビ系)のコメンテーターをはじめバラエティー番組にも多く出演するなど、マルチな活躍を見せる。先日リリースしたアルバム『SEEDING』も好評。

Photo:Yuji Kawata
Styling:JOE
Hair&Make-up:Atsushi Sasaki
Interview & Text:Satoru Yanagisawa
Edit & Direction:Shigenobu Sasaki(Condé Nast Creative Studio)